戻る
キセノン(Xe2*)エキシマランプのVUV光照射を用いた実証例
エキシマランプを用いて材質を低温下で改質できる。エキシマ光とは何かをその効果に見る。
¤ 真空紫外エキシマランプによる材料の光表面処理
分子工学部 加藤千尋、田中聡美 電子工学部 長沼康弘
1 はじめに
真空紫外
エキシマランプ
による材料の光表面処理法には以下のような特色があり、光洗浄や光薄膜形成、光改質や光化学修飾など、様々な産業分野への応用が可能である。
(1)安価:比較的安価な放電管を使うため、高価なレーザが要らない
(2)簡便:大気中で処理できるため、面倒な真空排気装置が要らない
(3)大面積処理が容易:指向性の高いレーザではなく、大面積照射が容易な放電管を用いるため
(4)高速な処理が可能:光の波長が短く光子エネルギーが高く、光出力も数mW/cm2 と高いため
(5)室温処理が可能:高温焼成が必要なセラミック薄膜形成を、室温程度で行える
(6)パターニング可能:密着型光マスクを使えば、マイクロメータ単位のパターニングが可能
(7)材料を選ばない:光の波長が短く光子エネルギーが高いため、大抵の化学結合を切断可能
今回の発表では、この光表面処理法の効果を原子間力顕微鏡(AFM)を用いて調べた結果を述べる。
2 実験
スピンコート法で石英基板上にポリビニルアルコール(PVA)薄膜を形成し、真空紫外
エキシマランプ
による光表面処理法の評価に用いた。真空紫外エキシマ光の照射は、サイドオン型キセノンエキシマランプ(波長172nm、光出力約8mW/cm2)を用いて窒素雰囲気下で行った。光照射前後のPVA薄膜表面の変化を、セイコーインスツルメンツSPA300原子間力顕微鏡(AFM)で観測した。
3 結果
図1左に、PVA薄膜を形成後に表面の一部を機械的に削った状態を示す。平坦部の厚さは約20ナノメータ、突起部の厚さは約130ナノメータであった。真空紫外エキシマ光を1分間照射すると、膜表面は図1右のように変化した。真空紫外エキシマ光の照射により、平坦部で約10ナノメータ/分、突起部で約70ナノメータ/分と、高速に光エッチングができることが分かった。
図1. 石英基板上に形成したポリビニルアルコール(PVA)薄膜の原子間力顕微鏡(AFM)像。左には真空紫外エキシマ光を照射する前、右には真空紫外エキシマ光を1分間照射した後のAFM像を示した。
¤ 真空紫外エキシマランプを用いたポリビニルアルコール薄膜の表面改質
分子工学部田中聡美加藤千尋 電子工学部 長沼康弘
1 はじめに
真空紫外(VUV)光は短波長で光子エネルギーが高いため、非熱過程で分子の結合を切断することができ、洗浄や微細加工、表面改質などへの応用が進められている。本研究ではVUV 光により、代表的な水溶性高分子であるポリビニルアルコールの化学構造がどう変化するか検討した。
2 実験
金蒸着した基板にPVA水溶液をスピンコート後、加熱処理を行い、膜を作製した。作製した膜に窒素あるいは乾燥空気雰囲気下でキセノンエキシマランプ(172nm)を照射した。赤外分光器(BomemDA-8)ならびにX線光電子分光分析装置(アルバック・ファイPHI-5500)を用い、VUVの照射に伴うPVA膜の化学状態の変化を観測した。
3 結果と考察
窒素雰囲気下におけるVUV 光照射に伴う赤外スペクトルの変化
VUV 光照射に伴い、PVA 膜の結晶性バンド(1140cm-1)の低下、アルキル基(3000cm-1 付近)、水酸基(3300cm-1 付近)の消失と、カルボニル基( 1720cm-1)の形成が観測された。VUV 光照射により、PVA の-OH からH が引き抜かれ、C=O が形成されたものと考えられる。窒素雰囲気下でのVUV 光照射に伴うXPSスペクトルのC1s バンドの変化からもカルボニル基の形成を確認することができた。得られたバンドを分割し、C1s バンドにおけるC-C、C-O、C=O、COO の分率を計算した。窒素雰囲気下に対し、乾燥空気雰囲気下ではC-O の減少とC=O の形成速度は緩やかであることがわかる。乾燥空気下では酸素がVUV 光を吸収して、オゾンを形成する。これより
1)PVA 膜に到達するVUV光強度の減少と、2)オゾンによる酸化反応が起こり、C-O の減少が緩やかになったと考えられる。
¤ エキシマランプ真空紫外光照射によるゾル-ゲル薄膜の改質
電子工学部 ○ 長沼 康弘 分子工学部 加藤 千尋 田中聡美
【はじめに】
均一な組成をもつコーティング膜を得る方法として有力なゾル-ゲル法は,低温合成法として知られるが,ゲル膜からの水分の除去や有機成分の分解には,通常,数百℃の熱処理を要するため,耐熱温度の低いプラスチック上に強固な膜を得るのは難しい。また,膜を微細なパターニングとする場合などに熱的ダメージのない局所的な処理の必要性も生じている。そこで,薄膜改質におけるプロセスの低温化が期待されている。真空紫外(VUV)光を用いた光量子(フォトン)プロセスは,1 光子あたりのエネルギーが,ほとんどの物質における原子の結合エネルギーよりも大きく,照射による熱過程をともなわずに,光子の作用のみで原子の結合を切断できるため,薄膜の改質にも応用できると考えられる。本研究では,ゾル-ゲル法により調整した酸化ニッケル薄膜に,近年,実用的な光源として開発されてきたエキシマランプを用いてVUV 光を照射したときの状態変化について検討した。
【実験】
出発溶液は,硝酸ニッケル・六水和物とエチレングリコールを70℃で1 時間攪拌・還流し,酢酸と蒸留水を加え,さらに70℃で攪拌・還流した後,室温で冷却しながら熟成することにより調整した。このとき,溶液の硝酸ニッケル濃度は15wt%とした。コーティング溶液を石英ガラス基板上に500rpm で10 秒間,続いて2500rpm で30 秒間スピンコートした。その後,120℃で10 分間乾燥させてゲル膜を得た。この膜に,キセノンエキシマランプ(8mW/cm2 以上)を使用して波長172nm のVUV 光を照射した。同様のゲル膜について,電気炉を用いて,それぞれ200~600℃で 1 時間熱処理した薄膜も作製した。得られた薄膜の化学状態をX線光電子分光(XPS)分析装置(アルバック・ファイPHI-5500)とフーリエ変換赤外分光光度計(島津製作所FTIR-8200PC)により測定した。なお,赤外吸収スペクトルは反射モード測定として,基板はガラス上に金をスパッタ蒸着したものを用いた。紫外・可視光透過スペクトルを分光光度計(日立製作所 U-3000)により測定した。
¤ キセノンエキシマ真空紫外光ランプの高出力化
分子工学部 ○加藤 千尋、田中 聡美 材料工学部 長沼 康弘
1 エキシマランプの原理と研究開発目的
キセノンなどの稀ガスに放電による電子衝撃を加えて電子励起を行うと、エキシマと呼ばれる励起状態でしか安定に存在し得ない2量体分子種が生成す る。このエキシマは、生成後、数ナノ秒程度経つと電子基底状態に失活・解離し、その際に真空紫外光領域で強い発光を示す。1980年代の終わり頃 、このエキシマ発光を利用した、高輝度な真空紫外光ランプが開発された [1-3]。例えば、キセノンガスを用いたエキシマランプでは、波長172nmの真空紫外光を、100W/m2という高い光照度で生み出すことができ、材料表面の光分解洗浄や光表面改質などに盛んに応用が進んでいる。 この『キセノンエキシマランプ』の応用範囲を拡大するために、今まで以上に光出力の高いエキシマランプが欲しいとの要望が寄せられている。本発表では、従来のランプより10~20倍明るい、1~2kW/m2の光照度の実現を念頭に置いて、高出力化に必要な要素技術の検討を行った。
2 エキシマランプの放電方式について
エキシマ真空紫外ランプの構造
エキシマランプでは、連続的な発光を得るために連続放電を行う必要があるが、通常のアーク放電では放電電流密度が低いために数ナノ秒程度の寿命しかないエキシマを高密度で生成させることができず、エキシマ発光がほとんど得られない。現在製品化されているエキシマランプでは、誘電体を介した特殊な放電方式を用いることにより、擬似的な連続放電でありながら高い放電電流密度を得ている。 エキシマの生成効率は、放電電流密度に関して非線形な関係があるので、擬似的な連続放電を行っているエキシマランプでも、放電電流にモジュレーションをかけることにより(疑似パルス放電)、同じ平均放電電流密度であってもエキシマの生成効率を高められる可能性がある。また、エキシマは2量体分子種であるため、ガス圧を高めることによってエキシマの生成効率は高くなるが、放電開始電圧も高くなるため、ガス圧の上昇には限度がある。上記の疑似パルス放電によりこの問題が解決する可能性もある。
3 エキシマランプの形状について
エキシマランプの輝度が一定であっても、放電体積を拡大し、光取り出し効率を高めることが出来れば、光照度を高めることができる。このためには、ランプの形状に関する工夫が必要であり、いくつかの形状の放電管を設計・試作したので、その結果について報告する。
[1] B. Eliasson and U. Kogelschatz, Appl. Phys. B, 46 (1988) 299-303.
[2] B. Eliasson and U. Kogelschatz, IEEE Trans. Plasma Sci., 19 (1991) 309-323.
[3] U. Kogelschatz, B. Eliasson and W. Egli, Pure Appl. Chem., 71 (1999) 1819-1828
¤ 湿式プロセスにより作製したTiO2ゲル膜に対するエキシマランプ光照射効果
材料工学部 ○ 長沼 康弘 分子工学部 田中 聡美、 加藤 千尋
1. はじめに
耐熱温度の低いプラスチックなどの上に強固で緻密な膜を得るためには、薄膜形成におけるプロセスの低温化が必要となる。湿式プロセスであるゾル-ゲル法や有機金属分解(MOD)法などによる塗布溶液を用いたコーティング膜から水分を除去したり,有機成分を分解する通常プロセスでは,高温での熱処理を要する。熱分解のかわりに光分解を利用するプロセスとして真空紫外(VUV)光を用いた光量子(フォトン)プロセスは,1 光子あたりのエネルギーが,ほとんどの物質における原子の結合エネルギーよりも大きく,照射による熱過程をともなわずに,光子の作用のみで原子の結合を開裂できるため,薄膜形成プロセスの低温化に寄与するものと期待できる。本研究では,工業的に多用されているTiO2 について,ゲル膜を熱処理したときおよび,エキシマランプによるVUV 光照射と熱処理を併用したときの分解過程と結晶構造の変化について比較検討した。
2. 実験方法
ゾル溶液は,チタンテトライソプロポキシド(Ti(O-i-pr)4)を脱水エタノールに溶解させて攪拌し,蒸留水および,触媒としての硝酸を加え,さらに攪拌後、室温で熟成させて調整した。溶液を石英ガラス基板上に500rpm で10 秒間,続いて2500rpm で40 秒間スピン塗布した。その後,60℃で10 分間乾燥させてゲル膜を得た。この膜にキセノンエキシマランプ(約10mW/cm2,波長172nm)のVUV 光を乾燥空気および窒素雰囲気中で1 時間照射し、その後,電気炉を用いて1 時間熱処理を行った。同様のゲル膜について,熱処理のみの薄膜も作製した。 得られた薄膜の化学状態をフーリエ変換赤外分光光度計(島津製作所 FTIR-8200PC)により測定した。なお,赤外吸収スペクトルは反射モード測定として,基板はガラス上に金をスパッタ蒸着したものを用いた。結晶構造について,ラマン分光分析装置(日本分光NR-1800)とX 線回折装置(理学電機 RINT-1500)を用いて評価した。
3. 結果と考察
熱処理のみおよび,乾燥空気中でVUV 光照射後に熱処理を行った膜の赤外吸収スペクトル
温度の上昇により,ゲル膜は1610 cm-1 と3300cm-1 付近の水分等によるOH 基の吸収が消滅し,840cm-1 付近のTi-O 結合による吸収ピークは形状がシャープになり,緻密化することが分かる。また340℃で熱処理を行った場合においては、光照射を併用したときと、しないときとでは明らかにTi-O 吸収ピークの形状が異なる。そこで,結晶構造を評価するためにラマン分光測定を行った。
ラマンスペクトルの読み取り
熱処理温度の上昇にともない145,396,517 および637cm-1 付近にラマンバンドがあらわれており,アナターゼ構造の形成されていることが分かる。ゲル膜に340℃の熱処理を行ったのみでは、アナターゼに起因するラマンバンドの強度は小さく、ほとんどアモルファス構造であるが、エキシマランプによるエキシマ光照射の後で熱処理を行ったときは、アナターゼ構造を有する。これより,熱処理前にエキシマランプで光照射を行うと、低温で結晶化が促進されることが分かった。エキシマランプによるVUV光照射を行った段階で,すでにゲル膜からOH 基や有機成分の除去があることが,FT-IR 測定により観測された。これからエキシマランプによるエキシマ光照射によって熱分解が促進されたものと思われる。同様の実験を窒素雰囲気中で行った場合は,乾燥空気中よりも照射時と非照射時の差が小さく,光開裂のほかに,酸素分子がVUV 光を吸収することにより生じるオゾンや活性酸素が分解過程と結晶化に影響を与えることが示唆された。
¤ エキシマランプによる真空紫外(VUV)光を用いたポリマーの改質と照射雰囲気効果
分子工学部 田中聡美 加藤千尋 材料工学部 長沼康弘
1 はじめに
高分子は軽量、フレキシブルなため、様々な用途で用いられている。それに伴い、高分子のバルクとしての性質を維持したまま、表面に接着性,潤滑性,耐擦傷性,帯電性,ぬれ性,防曇性,バリヤー性といった機能性を付与する高分子の表面改質技術が重要な技術分野の1つとなっている。この表面改質技術としては、薬品を用いた化学的表面改質や、光、電子線、イオンビーム、プラズマを用いた物理的表面改質があるが、その中でも近年着目される手法に真空紫外(VUV)光を用いた表面改質技術がある。VUV 光は短波長で光子エネルギーが高いため、非熱過程で分子の結合を切断することができ、物理的表面処理として代表的なプラズマ処理等と比べ、低コストかつ表面へのダメージが少なく、表面処理が可能であるという特徴を持つ。本研究ではクォークシステムズのキセノンエキシマランプを用いて真空紫外光をポリマーに照射し、照射に伴う表面の物理、化学的変化と、照射中の雰囲気ガスによる改質効果の違いについて検討を行った。
2 実験
ポリマーとしてはポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレン(PE)、ポリスチレン(PS)を用いた。各ポリマーのフィルムに窒素あるいは乾燥空気雰囲気下でキセノンエキシマランプ(172nm;クォークシステムズ製 QEX-230SX)を照射した。接触角計(エルマ光学G1)、赤外分光器(BOMEN DA8 あるいはSHIMADZU FTIR8200)ならびにX 線光電子分光分析装置(アルバック・ファイPHI-5500)を用い、VUV の照射に伴うポリマー表面の状態の変化を観測した。
3 結果と考察
窒素雰囲気下ならびに乾燥空気下におけるVUV 光照射に伴うPVA、PE 膜の接触角の変化を見る。PVA 膜では乾燥空気雰囲気下では数秒の光照射で接触角は15°前後(照射前約45°)まで減少し、それ以降飽和した。それに対し、窒素雰囲気下では接触角は照射直後約15°まで減少した後、30~60 秒にかけて一時的に上昇した。また、PE 膜では乾燥空気下では照射約100 秒前後で97°から約50°まで減少し、飽和したのに対し、窒素雰囲気下では照射時間とともに接触角が徐々に減少するのが観測された。光照射時の酸素分圧により表面改質の仕方が異なることがわかった。これら表面改質したポリマーの化学構造の変化をXPS、IR を用いて検討したところ、主鎖あるいは側鎖の切断、H の引抜き、あるいはOの挿入による、カルボニル等の形成が観測された。また乾燥空気下では酸素がVUV 光を吸収することにより、オゾンが形成され、そのオゾンによる酸化効果も大きいことが確 認された。
¤ 真空紫外エキシマランプの現状とその産業的応用
化学技術部 ○田中聡美 材料技術部 長沼康弘 企 画 部 加藤千尋
1 VUVエキシマランプとは
エキシマとは励起状態の原子または分子1 個と基底状態の原子または分子1個が会合した二量体の総称である。このエキシマは再び基底状態に移行する時に強い発光を生じる。1988 年Eliasson らによりエキシマ発光を利用したエキシマランプが開発された。これは誘電体バリア放電を利用したものであり、希ガスあるいが希ガスハライド中で放電を行うことにより、100~200nm の真空紫外光を数100 W/m2 という高出力で得ることができる。この真空紫外エキシマランプの特徴としては、1)準単色光である 2)従来のランプにない短波長の光を発光できる 3)瞬時点灯点滅が可能であるなどの特徴を有する。エキシマ光は短波長で光子エネルギーが高いため、非熱過程で分子の結合を切断することができ、これを利用して、さまざまな分野での応用が進められている。
2 真空紫外エキシマランプの応用
洗浄真空紫外エキシマランプが産業的に一番応用されているのが、半導体関連分野でのドライ洗浄である。真空紫外エキシマランプはその高い光子エネルギーで有機物を分解し、続いて、酸素が真空紫外光を吸収して生成する原子状酸素で分解した有機物を酸化揮発させるものである。こうしてウェット洗浄では取りきることが困難な有機物を効率良く除去することができる。
高分子の表面改質
フォトンエネルギーの高いエキシマランプの発するVUV光を高分子材料に照射すると、表面部の高分子の主鎖や側鎖が切断され、同時に原子状酸素、オゾンなどにより、表面に-OH、-COOH などの官能基が形成されることで、疎水性材料の表面を親水性に変えることができる。ポリエチレンの表面をエキシマランプの光照射処理により親水化することで、接着剤や塗料などが被着しにくい材料に、各種のコーティングを行うことが可能になる。
無機酸化膜の常温形成
ポリシラザンあるいはチタンイソプロポキシドといった無機酸化物の前駆体に真空紫外光を照射することにより、シリカあるいはチタニアの薄膜を形成することができる。これらの膜の作成には通常500℃以上のかなりの高温を必要とするが、エキシマランプの真空紫外光を用いることにより常温で膜作成が可能である。
戻る
Quark's keywords : excimer lamp technology, uv discharge lamps, and plasma processsing